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授業参観に行って絶望した話

授業参観に行って絶望した話

 

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先日、小学校の授業参観に行って来ました。

 

あらゆる面で30年間何も変わっておらず、絶望したのでその時の気持ちを書いていきます。

 

特に役に立つ情報や、読み終わった後に解決される悩みなどはありません。

 

ただただ絶望感のみで構成された文章なので、何の役にも立たないことを最初にお断り申し上げます。

 

授業参観に行ったら30年前の再放送だった

 

我が家には娘と息子の2人の子供がおります。

 

田舎の町の生徒数が少なく、校庭が広いという最高の環境の小学校に通わせていると思い込んで生活しています。

 

先日、参観日に子供達2人の様子を見に学校に行きましたが、テレビが薄型になっていること以外は、まるっきり自分が30年前に受けた学校教育と同じ内容で震えあがりました。

 

なにか、いにしえの頃の学校の様子を再現したドラマの撮影でもやってるのかなと思うほどに、わざわざ無理してテクノロジーを逆行するかのように、未来との繋がりのない、非効率な世界がそこにはありました。

 

親の私と同じ内容の教科書

 

親である私が30年前に小学校に通っていたころ、「くじらぐも」とか「スーホの白い馬」とか「おおきなかぶ」とか「ちいちゃんのかげおくり」とか「ごんぎつね」とかいう題材のお話が教科書に出てきました。

 

30年前の当時から、私はこんな家で趣味で読むような物語を学校で全員で読む意味あるのかな、昔の人はよく分からないなと考えていました。

 

物語の主人公の気持ちを考えてみようみたいな「心の教育」みたいなノリのことは国語とまた違っている感じがしていたし、先生も明らかに問題と答えを説明しているので、自由に創造性あふれる議論みたいなことは、やりたくなさそうな雰囲気を大いに感じました。

 

今回、ウチの小学校1年生の子の担任の50代後半の先生は、30年前の20代後半の頃とまったく同じことを繰り返し繰り返しやり続けてきているのだと思います。

 

勉強において繰り返しが大切なことは分かりますが、今の時代の教育で最も必要なことは変わることと、早くすることです。

 

変化できない人や、遅い人は生きていくのがキツイです。失敗してもいいからすぐ行動して、チャレンジしまくって、爆速で伸びていくのです。

 

よくニュースで教科書の改定がとや小屋とかやってますけど、ほとんど同じ教科書を選び続けて、ほとんど同じ内容の授業をするというのが、変化しない遅い教師を作ることになるとは気がつかないものでしょうか?

 

まったく内容の違う教科書が出てきたら、先生もそれを教えられるように変化するし、追いつくために急ぎますよね?

 

20代後半から50代後半まで、「おおきなかぶ」を使って授業をやり続ける人生を歩んだ公務員の高給の人に、これからの日本社会で生きる力をつける教育ができるのが、とても疑問です。

 

親の私の頃と同じ机の配列

 

黒板を背にしたこちらを見る先生と、それに向かう子供達。

 

完璧に「主従関係」が成立している絶対君主と下々の人々感がエグいです。

 

親の私が小学生だった頃に特に嫌だったのが、全教科を密室で完全に1人の先生が見るというシステムでした。

 

高学年になって、いくつかの専門教科の先生が出てきて、やっといろんな意見を聞けるなと思ったものです。

 

全てが担任の先生の独裁ですすむ低学年時代は、例えば黒板の消しかたが甘いとかいう理由で何時間も説教を垂れられたり、給食のときに段取りが悪いとかで全員が立たされたりしていましたが、当時から「こいつ狂ってるな」と思って先生を見ていました。

 

最近は小学校でもさすがに異常軍隊式は変わってきて、副担任の先生がいたり、生徒の自主性でルールが決まったりすると聞いていましたが、50代後半の先生は、その50代後半の先生が受けていた50年前の授業を再放送しているだけでした。

 

いかに自分に服従させるかに重きを置いており、筆箱を机のどの位置にどの向きに置くのかさえも、決められていました。

 

うちの子がやたらと「せんせいにおこられるから」という理由で、昨日の夜に何度も何度も確認した持ち物を、また朝になっても何度も何度も繰り返し確認する理由が少し分かりました。

 

苦しむことが正しいという教育理念

 

よくYouTubeなどでみる中国の小学校の授業というのは、電子黒板というかインターネットと繋がったボードを見ながら、立体がくるくる回ったり、実験で爆発が目の前で再現されたりしています。

 

世界で戦える人たちを育てるべく、正解のないテーマについて、ガシガシ議論し合うような場を提供します。

 

自分が何者になりたいかを主張し、人と違うことを褒め、それを讃えるプレゼンをさせます。

 

それが全て良いとかどうとかではなくて、少なくとも時代の変化に合わせて、それに対応するチャレンジを教える側がやっているということです。

 

参観に行った小学校の教室には、永遠に書き続けたひらがなのノートに、書き順が違うとバツじるしがつけまくられていました。

 

先生もここぞとばかりに手作りの工作品みたいな大きなかぶを持ってきて、ドヤ顔で授業していました。

 

ほぼ無くなっている短さの鉛筆を使い続けさせられ、テレビはあるけど、こんなもん見せませんよと紙芝居をしていました。

 

タブレットやパワーポイントや動画やワープロやタイプライターやファックスのような文明の機器は悪とされていました。

 

最も崇められているのは硯と毛髪ですが、全ての書き物を書道で行うのは非効率なので、効率的に学ぶために鉛筆とノートを使っていますよという感じでした。

 

授業に集中できなくなるので、シャーペンやボールペンや、缶や布で出来たペンケースは禁止させていますということでした。

 

ウチの子はMacBook Proを使ってマインクラフトをやっていて、文字はブラインドタッチできますし、スマホのフリックもできます。

 

でも「も」という字の書き順が間違っていて、学校ではとっても強く叱られるらしいです。

 

あまりにも多い紙ベースの連絡資料

 

参観日の案内は、紙(わら半紙)に手書きで書かれた連絡資料が配られました。

 

各クラス別々のものなので、同じ内容を各クラスの担任の先生が書いているのです。

 

手書きで書いて、プリントして、配ります。

 

わら半紙の原価を知りませんが、メールよりは高いと思います。

 

学校の先生は、とてつもなく字が綺麗なので、手書きに自信があるのかもしれませんが、現代の世の中で、ここまで細かい新聞並みの分量の文字を毎日のように手書きする職業ってあるのでしょうか?

 

たしかに文字は美しいですが、でも紙に書かれたら読みにくいです。ラインでいいです。

 

字が綺麗であることは人生においてとても役にたつと思いますが、大人になってもずっと紙に文字を書き続ける姿を小学生に見せ続ける必要はないですよね。

 

ブラインドタッチできた方が役に立つし、フリックできた方がいいですよね。

 

小学校1年生が鉛筆と紙で授業を受けることは構わないのですが、それを教えている先生が、それがこの子達の10年後、20年後にどう効いてくるのかを具体的に説明できる気がしなかったのです。

 

30年間紙で良しという学校文化を変えてこなかった50代の先生は、目の前にいる子供達の20年先を思い描いて今を教えていますか?

 

自分の引退する何年か後のことを見ているようにしか感じませんでした。

 

授業参観に行って絶望した話のまとめブログ

 

親である私は自分の親が役所勤めの公務員でした。

 

公務員という職業がクビにならない守られた仕事と知っていました。

 

クビにならないから、努力しないことも知っていました。

 

ですから学校の先生に対しても厳しい目で評価する嫌な子供でした。

 

そのくせは今なお残っており、税金で高給を得ているクビにならない人たちの働き方はよく見てみたいです。

 

ましてや我が子の教育にかかわる人たちが、成長しようとしているか、チャレンジしているか、未来を見ているかという点はとても気になります。

 

その全てにおいて、授業参観では絶望しか感じませんでした。

 

自分の子供の教育は、自分でやろうと思います。

 

 

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