『年収の伸びしろは休日の過ごし方で決まる』池本克之著の刺さる一言。
遊びだからこそ手を抜かず、楽しいこと、好きなことに心の底から真剣になる。
仕事よりも趣味の方が絶対に楽しいに決まっています。楽しい遊びにすら真剣になれない人が、楽しくない仕事に真剣になれるはずかないのです。
私はこどもたちが生まれてからというもの、趣味らしい趣味はマラソンと読書くらいで、それも好きだからというよりも、やっておいた方がいいからという理由で続けているものです。
こどもと遊ぶのは趣味といえるくらい楽しいし、頑張ったら達成感もありますが、この本で言っているのは、ひとりの個人としての純粋な好きの追求です。
ある日、突然、たった一人で自由な時間ができたら、やりたくてやりたくて仕方ないものがあるか?
好きで好きでしょうがないものに、全力をかけて夢中になっているか?
寝ても覚めても頭を離れないくらい熱中する、没頭する、熱狂する何かをみつけているか?
そんなことも出来てないなら、仕事してても大した情熱や行動力は発揮できないでしょうという指摘です。
その通りだと身にしみました。
思えばこどもが生まれたころから、自分の時間はなくなり、自由になるお金もなくなり、一生懸命に仕事をする、休日は疲労回復に努めつつも、こどもたちと楽しく過ごすという、自分の中での出来る限りの全力投球の生き方をしてきたつもりです。
それでも最近よく奥さんから、「自分は自由な時間とお金があったらやりたいことがたくさんある」「子育てが終わったら好きにやるんだ」「あなたも何か始めておきなさいよ」「そのときになって私を巻き込まないでよ」「そのときがきたら私は私で好きに生きていくからね」というニュアンスのことをさんざん浴びせられています。
なんて酷いことをいうんだと怒りの感情も芽生えてくるものですが、落ち着いてこうした本を読んでいると、その通りだなと腑に落ちる部分も多々あります。
時間がなければ作ればいい、お金がなければつくればいい、そして何より少しの時間と少しのお金があれば、今すぐやってみたくて仕方ないことをたくさんリストアップして、ひとつでもふたつでもやり始めればいい。
バリバリ仕事するだけの昭和人間と、バリバリ仕事して、家庭に子育てにフルパワーでコミットする平成人間がいるとして、これからは昭和人間でも平成人間でも、時代遅れの生き方になるのでしょう。
次世代のタイプはさらに個人として、好きで好きで仕方ないことに圧倒的なリソースをかけて、その活動の副産物的なものとして、仕事や家庭が充実していくのではないかと考えました。
会社や家庭で求められることを少し超えているくらいで、何を偉そうにしてきたのかとガッカリします。
そうです。いつまでも魅力のある人というのは、自分の軸で考えて、感情のままに行動して、今この瞬間を自由にデザインしているのです。
そこまで厳しいことは書いていない、優しさあふれる本でしたが、かなり行き詰まっていた自分の精神にとっては、ブレイクスルーになる一冊でした。
<スポンサーサイト>